静岡地方裁判所 平成4年(ワ)575号 判決 1993年6月29日
主文
一 被告らは各自、原告平岡千明に対し金一億二八〇五万〇八八三円、原告平岡秀雄、原告平岡とよ子に対し各金二〇〇万円、及びこれらに対する平成三年二月一四日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの連帯負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
四 この判決は、主文一項の、原告平岡秀雄と原告平岡とよ子分について仮に執行することができる。
事実
一 請求
被告らは各自、原告平岡千明に対し金三億三二八九万三二九六円、原告平岡秀雄同平岡とよ子に対し各金一〇〇〇万円、及びこれらに対する平成三年二月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 主張
1 原告平岡千明(以下・原告千明と言う)は、次の交通事故により、後記の傷害を受けた。
日時 平成三年二月一四日午後一一時ころ
場所 川崎市中原区上小田中一二七七番地先横断歩道上
加害車両 被告有限会社シロミネ保有、被告田代謙二運転の普通乗用自動車(以下・被告車と言う)
事故態様 被告田代が、制限速度四〇キロの道路を、中原駅方面から小杉駅方面に向かい、時速七〇キロで走行中、前方不注視のため、前記横断歩道上を歩行中の原告千明に被告車を衝突(ブレーキもかけずに)させたもの。
2 責任
被告田代は、被告車の運転者として、制限速度を守り、前方を注視して事故の発生を防止すべき義務があるのに、時速七〇キロの高速で、しかも、前方不注視のまま進行した過失で本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条の責任がある。
被告会社は、被告車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条により、原告らに対し賠償責任がある。
3 原告千明の被害
原告千明は、本件事故により、悩幹挫傷、頭蓋底骨折等の重傷を負い、平成四年三月二〇日症状固定したが、後遺障害一級三号の認定を受けた。
原告千明の症状は次のとおりである。
遷延性意識障害、四肢の自動ごくわずか、経口摂取不能のため経管流動食栄養、尿失禁状態、所謂植物状態、等であり、常時専門的介護を必要とする。
なお、原告千明の入院状況は次のとおりである。
平成三年二月一四日から七月一一日まで(一四八日間)
川崎中央クリニツク病院
平成三年七月一二日から平成四年四月五日まで(二六九日間)
清水厚生病院
4 損害
治療費 金二五九万一七九五円
入院雑費 金五四万二一〇〇円(一日一三〇〇円×四一七日)
付添看護料 金一七〇万三一一七円(川崎中央クリニツク分)
近親者付添料 金一八七万六五〇〇円(一日四五〇〇円×四一七日分)
近親者通院交通費(ホテル代を含む) 金一三八万一六九〇円
病院移送費 金一九万一四七〇円
医師謝礼 金二〇万円
休業損害 金五八九万四四〇〇円
原告千明の平成二年度の収入は金五三七万八七六三円であつた(一日一万四七三六円×四〇〇日)
将来の介護料 金一億二五五〇万三四二〇円
原告千明は常時介護を必要とするが、現在は自宅で、原告秀雄(父・六三才)と原告とよ子(母・六一才)で介護しているが、早晩専門的付添人に介護をしてもらう必要性が生ずる。
原告千明は症状固定時で三三才であるから、余命年数は四四年である、一日の介護料金一万五〇〇〇円、ホフマン係数に従い計算する。
一五〇〇〇円×三六五日×二二・九二三=金一億二五五〇万三四二〇円
将来の雑費 金五八五六万八二六五円
原告千明は、所謂植物人間状態であり、紙おむつ、消毒剤、洗剤、等の雑費、一日金二〇〇〇円、褥創防止のためのマツサージ代一日金五〇〇〇円、計金七〇〇〇円
前記介護料と同様の係数で計算する。
七〇〇〇円×三六五日×二二・九二三=金五八五六万八二六五円
逸失利益 金一億〇五一七万六三三二円
原告千明の後遺障害は一級三号に該当し、労働能力の全部を失つた。千明の平成二年度の年収は五三七万八七六三円であり、三三才から六七才まで就労年数三四年のホフマン係数一九・五五四を乗じて計算すると次のとおりとなる。
五三七万八七六三円×一九・五五四=金一億〇五一七万六三三二円
傷害慰謝料 金三五〇万円
平成三年二月一四日から症状固定の平成四年三月二〇日までの一三月
後遺障害慰謝料 金二五〇〇万円
原告秀雄と原告とよ子の慰謝料
原告秀雄は父として、原告とよ子は母として、次男千明の活躍を期待していたが、死にも等しい状態となり、しかも、終生介護していかなければならず、その不安は測りしれないものがある。各金一〇〇〇万円
弁護士費用 金一二〇〇万円
日弁連報酬標準額
5 既払金 金一一二三万五七九三円
これを、前記原告千明の損害から控除する。
6 よつて、被告らは各自、原告千明に対し金三億三二八九万三二九六円、原告秀雄と原告とよ子に対し各金一〇〇〇万円、及びこれらに対する平成三年二月一四日から各支払い済まで年五分の割合による損害金の支払い義務がある。
二 認否と抗弁
1 1は、事故態様を争う、本件事故は、被告田代の過失と原告千明の過失が競合して発生したものである。その余の事実は認める。2は、事実は認めるが、その責任を争う、3は、原告千明の症状は知らない、その余の事実は認める。
2 4の損害は、治療費、付添看護料、近親者通院交通費、病院移送費、医師謝礼、休業損害については、全部認める。逸失利益については、その収入と年令は認めるが、計算はライプニツツ係数によるべきであり、本件の後遺症は通常の場合と違い、稼働能力の再生産に要する生活費の支出を免れることになるから生活費として五割を控除すべきである。その余の損害項目については全部を争う。
3 本件事故は、被告田代の前方不注視とスピード超過と言う過失と、原告千明が飲酒の上で、交差点の赤信号を無視して、被告車の直前を横断した過失が競合して発生したものである。即ち、本件事故は深夜であり、原告は、被告車のライトの光りにより、自動車の接近に気が付くべきであるのに、前記のとおり直前の横断をした、従つて、過失相殺(原告千明の過失は三割である)されるべき事案である。
三 抗弁に対する認否
本件事故現場は、一〇〇メートル以上見通しのきく直線道路である、しかも、原告千明は、被告の進行方向道路を右から左に横断しようとしており、横断終了直前に事故にあつているのである、従つて、直前横断ではない。
また、赤信号の点は、被告田代以外に現認者がおらず、断定できない、そして、被告田代は、原告千明を衝突直前に発見しているのであるから、本件事故は、被告田代の一方的過失により発生したものである。
四 証拠
本件記録中の、書証目録、証人等目録記載のとおりである。
理由
一 原告の主張1の事実は、事故態様を除き争いがなく、被告田代に、本件事故発生について、高速運転と前方不注視の過失があつたことは、同被告が自認しているところであり、同2の事実も、責任部分を除き争いがない。
そうすると、被告田代は本件事故につき民法七〇九条の、被告会社は自動車損害賠償保障法三条の各責任があることとなる。
二 そこで、原告らの損害につき検討する。
原告千明が、悩幹挫傷、頭蓋底骨折等の重傷で、後遺障害一級三号該当の認定を受けたことは争いがなく、原告秀雄本人尋問の結果によれば、原告千明は、現在、遷延性意識障害で、四肢が僅かに動くだけで、食事は、経口摂取不能のため管を胃の中まで通して流動食として摂取している、尿は失禁状態であり、所謂、植物人間の状態であることが認められる。
1 次の損害額は被告の認めるところである。
治療費 金二五九万一七九五円
付添看護料 金一七〇万三一一七円
近親者通院交通費 金一三八万一六九〇円
病院移送費 金一九万一四七〇円
医師謝礼 金二〇万円
休業損害 金五八九万四四〇〇円
2 入院雑費と近親者付添料について、被告は一日の額(入院期間は争いがない)を争うが、入院雑費について一日一三〇〇円(合計金五四万二一〇〇円)、近親者付添料一日四五〇〇円(合計金一八七万六五〇〇円)とする原告の請求は正当と認める。
3 将来の介護料と雑費について
甲第三ないし第六号証と原告秀雄本人尋問の結果によれば、原告千明の状態は前記二の冒頭で認定したとおりであり、そのため、父である原告秀雄と母である原告とよ子、及び長男の三名で、原告千明の看病をしていることが認められる。
原告秀雄と原告とよ子は、老齢のため、早晩には専門の介護者を必要とするとして、一日一万五〇〇〇円の介護料を請求しているが、将来の介護料としては一日金五〇〇〇円をもつて相当と認める。
右に従い計算する(余命年数四四年、ライプニツツ係数による)と次のとおりとなる。
五〇〇〇円×三六五日×一七・六六三=金三二二三万四九七五円
原告千明は尿失禁の状態のため、看護の方法としては、紙オムツやシーツを当てがい、尿キヤツチと言う尿をためる袋を当てがつている、その他、暖房や消毒に気を使つており、その費用は一日約二〇〇〇円を必要としていることが認められ、これらの費用は将来の雑費として認容すべきである。
その他、リハビリのため毎日マツサージ(一日五〇〇〇円)をしたり、食事の中(前記のとおり流動食であるが)に、市販の栄養剤を入れていることが認められるが、これらについては、将来の看護にとつて、必要不可欠のものとは認められない。
そうすると、将来の雑費の計算は次のとおりとなる。
二〇〇〇円×三六五日×一七・六六三=金一二八九万三九九〇円
4 逸失利益について
原告千明の年収と就労可能年数が三四年であるについては当事者間に争いがなく、後遺障害が前記二のとおりであるから、労働能力の全部を喪失していることは明らかである。
右に従い、ライプニツツ係数で逸失利益を計算すると次のとおりとなる。
五三七万八七六三円×一六・一九三=金八七〇九万八三〇九円
被告らは、原告千明の状態から、生活費控除をすべきであるとしているが、生活費を必要とすることは明らかであるから、被告らの主張は採用できない。
5 原告千明の慰謝料について
前記二冒頭認定の事実からすると、慰謝料は傷害分後遺障害分を含めて金二〇〇〇万円を相当と認める。
6 原告秀雄と原告とよ子の慰謝料について
両名が原告千明の父と母であることは、前記認定のとおりであり、原告千明は植物人間の状態にあることからすると、慰謝料としては各自金二五〇万円を相当と認める。
以上のとおりであるから、原告らの損害の合計は金一億七一六〇万八三四六円となる。
三 過失相殺について
乙第一ないし第一〇号証、乙第一三号証によれば、本件事故現場付近の道路は、片側一車線、直線で制限速度は四〇キロ、事故現場には押しボタン式の信号機が設置されている横断歩道があるが、右信号機は道路の事情により信号の変化に時間差があり、当時どのようなサイクルの変化であつたのか明らかでない。
被告田代は、右道路を約七〇キロの速度で運転していたが、事故現場の約七〇メートル手前で信号を確認したところ、自己の進路が青信号であつたことから、そのままの速度で進行した、しかし、考えごとをしていたことから前方不注視となり、事故直前まで原告千明の横断に気付いていない、衝突の場所は、被告車の進路上の横断歩道上であり、衝突の部位は、被告車の前部と原告千明の左側である。
なお、原告千明は事故当時飲酒をしていた。
以上の事実が認められる、右事実によると、本件事故現場の信号機は押しボタン式であるから、押さない限り信号の変化はないはずであるから、七〇メートル程度の進行では、信号に変化はなかつたものと推定できるので、原告千明は、信号機の押しボタンを押さないまま横断を開始したのではないかと認められる。
しかし、被告田代にも、前方不注視と高速運転の過失が認められるので、その過失割合は、被告田代を八、原告千明側を二と認め、その割合で相殺すると、原告らの損害の合計は金一億三七二八万六六七六円(原告千明金一億三三二八万六六七六円、原告秀雄と原告とよ子各金二〇〇万円)となる。
四 既払金の控除
金一一二三万五七九三円の支払いがあつたことは当事者間に争いがないので、これを原告千明の分から控除すると、原告千明の損害は金一億二二〇五万〇八八三円となる。
五 弁護士費用
本件の訴訟経過や損害の額等を考慮すると金六〇〇万円を相当と認め、これを原告千明の損害に加算する、そうすると、同人の損害は金一億二八〇五万〇八八三円となる。
六 以上によれば、原告千明の請求は金一億二八〇五万〇八八三円の限度で、原告秀雄と原告とよ子の各請求は金二〇〇万円の限度で、いずれも正当である。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒川昂)